何でも自分のペースだったのが子供のペースに合わせるのが辛い

結婚して半年で子供を授かり、夫婦2人の時間はもうあと、

子供達が巣立ってからかと思い、妊婦の間にさまざまなところへ旅行へ行きました。

出産も初めてのことで、母親教室で教えては貰っていても全てがパニックでした。

産後の入院中も他のママが全員自分よりしっかりしているように見え、

子供に申し訳ないとさえ思っていました。

 

産後1ヶ月は実家にいさせてもらい、1ヶ月検診が終わった後、主人との家に帰りました。

ずっとずっと不安ですべてのことを紙に書いたり忘れてはならないことを復習して、

のぞんだのですが初日は幸い、子供はミルクを飲むかずっと寝ていてくれ、

このままのペースで行けたらいいのに!と切に願いました。

 

と、いうのも我が子は実家にいる間から、夜型赤ちゃんで夜12時になると泣き出して5時間、

ほぼ寝ることなく、いや、休むことなく泣き続ける赤ちゃんでした。

ミルクを飲ませても母乳を飲ませてもゆらゆら揺らし続けても、

抱っこして歩き回っても12時-5時だけは何が起きようとも泣き止まないのでした。

 

それは、家に帰って2日目から復活しました。

主人の朝ごはんに6時半に起きて、会社へ送り出し、ミルクを戻したり、

うんちを漏らして汚れたお布団やシーツを必死で洗濯し乾燥し昼ごはんもままならない、

そうじも行き届かないとてんてこまいのうちに晩御飯の準備、

毎日が目まぐるしすぎて3ヶ月位までの記憶がほぼ無いような感覚さえします。

早く首すわれ?!とずっと思っていました。

 

初めて育児なので、首がすわるまで沐浴していましたし、

首がすわればおんぶして家事ができると思っていました。

すこし小さめに生まれた我が子は私の思惑とは裏腹に母乳もなかなか上手に飲めず、

ミルクはよく戻し、3ヶ月検診で要観察、首はまだ座ってないと言われました。

 

3ヶ月検診は久々に出掛けた気分で高揚していたのもあり、その日は本当にがっくりしました。

急に今まで張り詰めていたものがプツンと切れたような。

母子手帳の要観察のはんこを見て、家で号泣しました。

それこそ小さな子供が泣くみたいにしゃくりあげて。

 

私のストレスが伝わったのか、その日の夕方からコリック(たそがれ泣き)が始まりました。

夜の5時間だけでなく夕方18時から1時間程泣き続ける魔の時間が増えたのです。

夕食の準備もできず、休養も取れず。

ただその1時間が終わると少しまとまって寝てくれるのでその時間に夕食の支度、

お風呂に入るようにしていたのですが疲れ果て時間があれば少しでも寝よう、

とお風呂にも入らない日があったりもしました。

 

とにかく寝ていて欲しい!お願い目覚めないで!とさえ思っていました。

しかし、そんな時に限って主人が帰宅して音を立てて起きてしまう、私のイライラが爆発する、

とかなり家の雰囲気は悪くなっていました。

 

夜5時間泣き続ける間も主人は次の日の仕事の為寝ていますし、

母乳を嫌がることも多かった為添い乳で寝ることもできず、

泣けばミルクを夜な夜な何度も作る、哺乳瓶を洗う、を繰り返し眠れることはありませんでした。

何度も何度も泣き続ける我が子に私もまた泣きながら

「お願いだから泣き止んで」「眠いなら寝なさい」

などなど罵声に近い言葉をぶつけたりしました。

 

3ヶ月位までは子供を可愛いと思えていた自信がありません。

週末も出掛ける手間を考えるとどうしても出掛けることができず、

家で過ごし、交流センターもバスで40分かかるので行く気にならずひきこもりの生活をしていました。

 

4ヶ月を迎え、やっと首もすわりおんぶして家事ができるようになり、

おんぶをすると寝てくれるようになり、少しずつ睡眠時間も増えていきました。

それと共に私の気持ちも変化してゆき、今ではとても可愛いと思えています。

 

無理にでも外出すべきだったのか、、、解決方法は分かりません。

友達と連絡を取ると自分の子供の発達が遅かったり

母乳育児が順調な友人だと余計にイライラしてしまったりで、

友人との連絡もほぼ取っていませんでした。

あの頃は壮絶だった、その言葉に尽きます。

きっと毎日ものすごい顔をして暮らしていたと思います。

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