育児ノイローゼとその背景にはいろいろな事情もある。

私は一番初めの長男で育児ノイローゼを経験しました。

まだ当時は若く、自分の時間が全く無くなってしまったこと、

帰省する家や兄弟が居なかったことなども原因だったと思うのですが、

その子供の持っている性格も一因だったと思います。

 

大人にとって育てにくい子

(落着きが無く、お昼寝をしなくて、始終目が離せず、甘えること、スキンシップの苦手な子など。。)

育て易い子

(大人しくて、言うことを受け入れられるタイプ)

が確実にいます。

 

長男は、朝から晩まで外に立っていて、制すると窓を割ってでも言うことを聞かなかったので、

家には窓ガラスが一枚も無くなりました。

朝、昼、晩ごはんを外で私は食べ続けました。

そして何よりも親との抱っこなど肌の接触を嫌がる子でした。

 

当時は相談しても、親が自分の時間がほしいなんて思うはずがない、

酷いときは、保育園の先生から恐らくいつも怒っている親なので

「子いじめしていると、いじめられる子供が育つ」

というコピーを自分だけいただいたことがあったのですが、

今でもそのときは泣けて家に帰れず、覚えています。

 

保育園が終わっても、車に無理やり入れて親が入るころには抜け出して外へ走り出ていて、

あちこちから、あなたの子でしょ?なんとか出来ないの?と苦情だらけの毎日。

このまま車ごとこの子と飛び込んで死のうと思い、川の側でじっと堪えていた夕方も忘れられません。

 

正直、可愛くない。

それどころか、基本的人権さえ息子に奪われていると感じる自分がおかしいのか。

母性が私にはないのか。悩みました。

 

それからすぐに次男が生まれ、その子に出会って私は自分はおかしいわけでは無いと思うようになりました。

自分の腕の中でじっと安心して眠るさまや、お昼寝を一緒にする姿、

食事を目の前のもので納得してきれいに食べるところなど、

所謂二男は育て易い子だったわけです。

初めて親子関係が築かれていく喜びを知りました。

二男も結局長男が飛び掛かったりで全身引っ掻き傷で血だらけの時期もあったのですが、

二人で耐えて来ました。

 

しばらくして長男は、発達障害と診断されました。

周囲は、私が親がおかしい、保健所も精神健康相談で私が正常と判断されると

「今日はお母さんが調子がいいんでしょう?」とかいろいろと、親の未熟さに視線はいきました。

長男は、買い物でも洗濯洗剤に拘りがあり、

買い物では棚のはじめから全ての商品の特徴を説明しないと帰れないなど拘りがあり、

学校の持ち物も送迎中、車の窓から捨てる、

歩いて帰ってもそれは同じ、だったために生活が出来なくなり、

しばらくして6年間養護施設で距離を取りながら自立を学びました。

 

私はそれから、差別に向き合いたいと、働きながら精神保健福祉士となり、全部で4人の子供の母となりました。

一人で家事、育児、仕事、勉強、忙しいですが、他の3人にこのような苛立ちを感じることはありませんでした。

 

育児ノイローゼにもいろいろな背景があり、ただ親を批判して欲しくはないと思います。

もっと暖かい社会があったら、育児は本当にその当人の親だけの責任なの?いろいろ思います。

長男は今は成人し、自身の経験を活かしたいと働きながら、社会福祉士を目指しています。

そして、毎月お米だけは大家族のために買ってくれる大人になりました。

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